› Yamabikodasen Gandhi-league › 池田と私2008年12月31日
パシナ前面展望ビデオ特急剣山6号
池田発徳島行の特急列車の前面からの眺望をDVD化したスグレモノです。場所的に池田高校は映ってないと思われますが、周辺のわびさびに満ちたふぜいをじゅうぶん堪能できると思われ、全国の池田ファンに確信までは持たないものの推薦させていただく次第です。年末はスッカリ池田ネタからでし離れきってましたからね。今回も繋がりはかなり薄いけど。
そして世の中にはこんなのんびりした特急があるのかと、都会暮らしの長い方には(って、俺も新宿workerですが)ある意味斬新なところがあるかもしれません。単線ですし。電化もたぶんまだされてないと思います。土讃線だかほんの一部だけ県内通ってる関係で「徳島には電車が走ってない!」ということはずいぶん昔になくなりましたが。
そして世の中にはこんなのんびりした特急があるのかと、都会暮らしの長い方には(って、俺も新宿workerですが)ある意味斬新なところがあるかもしれません。単線ですし。電化もたぶんまだされてないと思います。土讃線だかほんの一部だけ県内通ってる関係で「徳島には電車が走ってない!」ということはずいぶん昔になくなりましたが。
2008年02月12日
池田系お宝自慢.1
まずは「水野投手、巨人時代のサインボール」!ぶぶ
別に直筆とかではなく量販型ですが。今となっては割にレアかと。そうでもね〜か。年度は不明です。水野投手サイン系アイテムはもうイッコあるんですが、もったいつけてまたの機会に。
ちなみに「知ってるつもり 蔦文也編 水島のコメントカット版」というお宝ビデオも持ってたんですが、あるとき思い切り踏ん付けて破壊してしまいました(涙)。ちょうど池田が甲子園で活躍してた頃我が家はまだベータだったため、映像的なお宝は絶無です。。。
2008年01月04日
勇気
池田で池田高校の次に有名なのが(多分)こちらの、断崖に立つ小便小僧様です。世界で最も勇敢な小便小僧としてギネスブックにも載って・・・なかったかな、不思議と。「風呂谷」というバス停の近くで出してます。


かつてはこの場所で酔っぱらいがよく「小僧と連れション」としゃれこんだり、それは良いが足元踏み外してそのまま転落、なんて哀しい事故も頻発したようです。

かつてはこの場所で酔っぱらいがよく「小僧と連れション」としゃれこんだり、それは良いが足元踏み外してそのまま転落、なんて哀しい事故も頻発したようです。
2008年01月04日
東祖谷炎の訪問記
西祖谷山のかずら橋あたりまではそこそこ観光地化もされてますが
徳島最大の秘境はこのかずら橋を越え東祖谷山に入った
あたりから本格化します。雪も多くて道路はつるっつるです





徳島最大の秘境はこのかずら橋を越え東祖谷山に入った
あたりから本格化します。雪も多くて道路はつるっつるです
2007年07月25日
油断メモリー
いよいよ甲子園が手の届くところまで近づいたわけですが!!
しかし俺のように長いファンは不安と書いてファンと読む、
てなものでここで油断したり調子こいて甲子園うふふとか
意味不明なメールを知人にどんどん転送したりはするけどしません。
過去に手痛い思いをしたことがありますからね
83年夏準決勝、PL戦
87年春準決勝、関東一戦
当時のファンとしての自分の気持ちを思い出してみると
どちらもともに、相手をなめるという意味での油断はしていませんでした
PLはなにせPLですよPL。コンビニでいえばセブンイレブン様にあたる存在、
などと職業柄地味なたとえを用いてみた。
セブンイレブンといえばメンチカツサンドが衝撃的に
うまかった記憶があるのですが、最近見ません
ローソンといえばからあげクンピザ味だったかが
衝撃的にまずかった記憶があります
無駄話多いですが今回はそもそも無駄話です。
さてPLはあの津野投手をぼこって(スコアは10-9でしたが)
ベスト4入りを果たしており、その打力は正直
かなり脅威でした。桑田清原も一年でレギュラーなんて
ただものじゃないんだろう、と思ってたし。
にも関わらずなんとなく「でも池田がやっぱ勝つだろうな」と
わりとのんびり構えてた理由はやはり
中京戦の勝ち方があまりにも良かったから
阿久悠氏かなんかが「最高試合」とまで形容した
ベストゲームに勝ち、これで優勝しなきゃ嘘だろみたいな
気分になってたのです
そしたら嘘でした。
関東一もしかりで、あの明徳をきっちり封じた
平子投手はかなりよさげだったし
(まー準々見た時点でだいぶ疲れてる感じはあったし
八工大一がきた方がイヤだな、と個人的には
思ってた、なので夏に緒戦であたることが決まったときは
かなり愕然とした、余談だけどこの夏、
決勝まで進出してましたね八工大一)
アンダースローを池田が得意なわけはないし
でも、準々決勝であの中込を粉砕した
甲府工との試合があまりにもすごかったので
「この勢いなら優勝じゃ」というような気に
なってしまった、そしたらエース糸永が背筋痛・・・・・・
思えばあの82夏にしても早実に圧勝したあとの
東洋大姫路戦は4-3と薄氷を踏む勝利でした。
要するに阿波戦はすばらしい勝利だったが
意外とその次は油断しちゃダメなんだ! と
云いたいようなそんなカンジです
確かに阿波戦は文句のつけようのない
徳島県球史に残る熱闘だったようですが、
朝日の記事なんかも非常に面白くて
朝日嫌いだけどこれは必見! ぜひ読みたまえよ諸君
なんですが、
http://www2.asahi.com/koshien/89/tokushima/news/OSK200707250044.html
しかしそれはそれとして、次どうなるかは
まったくわからない。おまけに次の相手は城南ですからね
あの全国的に有名なオッパショ石が近くにある。
応援するがわとして厳に油断だけは戒めたいものです
しかし俺のように長いファンは不安と書いてファンと読む、
てなものでここで油断したり調子こいて甲子園うふふとか
意味不明なメールを知人にどんどん転送したりはするけどしません。
過去に手痛い思いをしたことがありますからね
83年夏準決勝、PL戦
87年春準決勝、関東一戦
当時のファンとしての自分の気持ちを思い出してみると
どちらもともに、相手をなめるという意味での油断はしていませんでした
PLはなにせPLですよPL。コンビニでいえばセブンイレブン様にあたる存在、
などと職業柄地味なたとえを用いてみた。
セブンイレブンといえばメンチカツサンドが衝撃的に
うまかった記憶があるのですが、最近見ません
ローソンといえばからあげクンピザ味だったかが
衝撃的にまずかった記憶があります
無駄話多いですが今回はそもそも無駄話です。
さてPLはあの津野投手をぼこって(スコアは10-9でしたが)
ベスト4入りを果たしており、その打力は正直
かなり脅威でした。桑田清原も一年でレギュラーなんて
ただものじゃないんだろう、と思ってたし。
にも関わらずなんとなく「でも池田がやっぱ勝つだろうな」と
わりとのんびり構えてた理由はやはり
中京戦の勝ち方があまりにも良かったから
阿久悠氏かなんかが「最高試合」とまで形容した
ベストゲームに勝ち、これで優勝しなきゃ嘘だろみたいな
気分になってたのです
そしたら嘘でした。
関東一もしかりで、あの明徳をきっちり封じた
平子投手はかなりよさげだったし
(まー準々見た時点でだいぶ疲れてる感じはあったし
八工大一がきた方がイヤだな、と個人的には
思ってた、なので夏に緒戦であたることが決まったときは
かなり愕然とした、余談だけどこの夏、
決勝まで進出してましたね八工大一)
アンダースローを池田が得意なわけはないし
でも、準々決勝であの中込を粉砕した
甲府工との試合があまりにもすごかったので
「この勢いなら優勝じゃ」というような気に
なってしまった、そしたらエース糸永が背筋痛・・・・・・
思えばあの82夏にしても早実に圧勝したあとの
東洋大姫路戦は4-3と薄氷を踏む勝利でした。
要するに阿波戦はすばらしい勝利だったが
意外とその次は油断しちゃダメなんだ! と
云いたいようなそんなカンジです
確かに阿波戦は文句のつけようのない
徳島県球史に残る熱闘だったようですが、
朝日の記事なんかも非常に面白くて
朝日嫌いだけどこれは必見! ぜひ読みたまえよ諸君
なんですが、
http://www2.asahi.com/koshien/89/tokushima/news/OSK200707250044.html
しかしそれはそれとして、次どうなるかは
まったくわからない。おまけに次の相手は城南ですからね
あの全国的に有名なオッパショ石が近くにある。
応援するがわとして厳に油断だけは戒めたいものです
2006年05月04日
大船渡の椿
大船渡駅より盛駅のほうが市役所とか
そっち関係の中心地みたいです
三陸鉄道との乗り換えもこちらだったので
ちょっとだけ下車しました。
浜辺でなんじゃら祭りを
やってたので行ってみたくもあったんですが
それやると後もうどこにも行けなくなりそうなので
断念……
以前に仕事でよく岩手をまわりましたが
大船渡は行ったことなかった気がします。
83年センバツベスト4、明徳に勝った縦縞の好チームの
印象が割と鮮明なんですが。
今も夏の県大会で「どうなってるかな?」と
結果をついついチェックしてみる高校のひとつです

JR・三陸鉄道並んだ駅舎

駅周辺は割とこんな感じ。
徳島でいうと津田とかに雰囲気が似てて
漁港の町なんだなあって気がなんとなくします
家の庭がどこも思いきり狭くて
洗濯物干したらそれでいっぱい、という感じなのも
津田と似てるかも。
たぶん古くから人口密集地帯だったんでしょうね

市役所の桜はちょうど見ごろ

ただ、町は「椿のまち」なんだとか
スーパー?
そっち関係の中心地みたいです
三陸鉄道との乗り換えもこちらだったので
ちょっとだけ下車しました。
浜辺でなんじゃら祭りを
やってたので行ってみたくもあったんですが
それやると後もうどこにも行けなくなりそうなので
断念……
以前に仕事でよく岩手をまわりましたが
大船渡は行ったことなかった気がします。
83年センバツベスト4、明徳に勝った縦縞の好チームの
印象が割と鮮明なんですが。
今も夏の県大会で「どうなってるかな?」と
結果をついついチェックしてみる高校のひとつです

JR・三陸鉄道並んだ駅舎

駅周辺は割とこんな感じ。
徳島でいうと津田とかに雰囲気が似てて
漁港の町なんだなあって気がなんとなくします
家の庭がどこも思いきり狭くて
洗濯物干したらそれでいっぱい、という感じなのも
津田と似てるかも。
たぶん古くから人口密集地帯だったんでしょうね

市役所の桜はちょうど見ごろ

ただ、町は「椿のまち」なんだとか
スーパー? 2005年11月09日
ミッドナイト池田高校

あの池田高校の校門(深夜ヴァージョン)!!
高校ってなぜか知らんが坂の上が多いですね
池田も駅からだらだらっと坂を登ったあと、こんな石段を登ります

↓ 高校の近くから見下ろす池田の風景(夜9時ごろ?)

そして校門の奥、
ちょっと霊が出る病院跡かないかみたいですが
単に誰もいない夜の校舎です。

ちょい余談。最近読んだ『名字の新聞』(宝島社)
という本によれば日本で100番目に多い姓
「大西」というのは
「発祥地が三好郡大西(現在の池田町)に限定される珍しい姓」
なんだとか。ホンマかおい?
でも事実だということにしてジミー大西は
祖霊を敬うため、池田を応援すべし!
とここで勝手に定めておきます
ご本人は確か大商大堺野球部の出身ですが
母校より池田。頼んだぞジミーちゃん!
ま、それはそうと池田にも
大西投手というのは俺の覚えている範囲でも
2人いて、やっぱり大西姓のルーツだけはあって
結構多いんだね、と言いたいが
最近のエース大西和明投手は
確か阿南二中出身だった気がしますので
別に関係ねーのか
2005年11月07日
夜の池田写真館(1)

見づらいだろうと思うが、俺から言えるのはただ一言
「がんばれ!」
えーこれは、以前にちょっと述べた
池田サミットを記念して造られた
池田駅前なんじゃら公園の「野球をするカエル石像」のひとつです
今回池田には夜しかいなかったので
これで精一杯ですがラヴリーな奴、と思っていてください。
ライトアップ? どこの国の言葉?
というわけで夜は否応なしに真っ暗です
8時前なんですけどね
2005年09月13日
池田メモリーズ(1)
自分の池田ファン史などをほどほどに語ってみることにしやす
俺が池田を応援し始めたのは
1979年夏から。浪商に勝って決勝進出を
決めたのが決定的でしたね
(といっても試合自体はさほど覚えてない
「勝った、マジかよ」という子どもなりの衝撃感は覚えてますが)
その春、東洋大姫路との「雨中の熱戦」は
家族が当たり前のように話してるのは
覚えてるんですが、俺は見てなかったっぽく
直接の記憶はないです
寝てたのでしょうか?
かつて小川ハッスル直也が
「プロと違ってアマチュアは負けたらそれで終わりだから
勝利至上主義にならざるを得ない」みたいなことを
言ってましたが、実際俺が池田を応援しはじめた
きっかけも「勝ったから。」という
小川流アマチュアイズム溢れる根拠でした
実家は池田でなく、徳島商業の
ほんっとにすごい近所にあります。
あるいて2分くらい?
家の屋根からは徳商の校舎が見え
ずっと小さい頃はグランドのわきでよく
ツクツクボウシを取ってたりしてました
そんな地元ながら
当時の徳商というのは甲子園では
今よりもまだはるかにへなちょこで、
確か20数年初戦で勝ったことがないという
腐敗記録を更新し続けくさってました。
鳴門が出ても勝てず、鳴門商業が出てもだめ
甲子園で勝てる徳島のチームと言うのは
当時ホントに、池田しかなかったのです
野球は非常に盛んだったのに
なんでそこまで弱かったのかは謎です
しかし負け方はほとんど競り合った末
終盤に決勝点を奪われる、というものでしたから
どこも揃って「勝負根性に難」という感じだったのかもしれません
まー徳商のふがいなさが
池田のファンになるきっかけだったと恩えば
ある意味徳商に感謝すべきなのかもしれません
なんては露ほどにも思うわきゃありませんが。
俺が池田を応援し始めたのは
1979年夏から。浪商に勝って決勝進出を
決めたのが決定的でしたね
(といっても試合自体はさほど覚えてない
「勝った、マジかよ」という子どもなりの衝撃感は覚えてますが)
その春、東洋大姫路との「雨中の熱戦」は
家族が当たり前のように話してるのは
覚えてるんですが、俺は見てなかったっぽく
直接の記憶はないです
寝てたのでしょうか?
かつて小川ハッスル直也が
「プロと違ってアマチュアは負けたらそれで終わりだから
勝利至上主義にならざるを得ない」みたいなことを
言ってましたが、実際俺が池田を応援しはじめた
きっかけも「勝ったから。」という
小川流アマチュアイズム溢れる根拠でした
実家は池田でなく、徳島商業の
ほんっとにすごい近所にあります。
あるいて2分くらい?
家の屋根からは徳商の校舎が見え
ずっと小さい頃はグランドのわきでよく
ツクツクボウシを取ってたりしてました
そんな地元ながら
当時の徳商というのは甲子園では
今よりもまだはるかにへなちょこで、
確か20数年初戦で勝ったことがないという
腐敗記録を更新し続けくさってました。
鳴門が出ても勝てず、鳴門商業が出てもだめ
甲子園で勝てる徳島のチームと言うのは
当時ホントに、池田しかなかったのです
野球は非常に盛んだったのに
なんでそこまで弱かったのかは謎です
しかし負け方はほとんど競り合った末
終盤に決勝点を奪われる、というものでしたから
どこも揃って「勝負根性に難」という感じだったのかもしれません
まー徳商のふがいなさが
池田のファンになるきっかけだったと恩えば
ある意味徳商に感謝すべきなのかもしれません
なんては露ほどにも思うわきゃありませんが。
2005年07月22日
地域密着考(1)
高校野球人気の衰退は田舎の衰退と
シンクロしていて、ある意味で
そのシンボルともいえるのが
池田高校です
代わりに、という言い方はあんまり適当でないですが
「地域密着」をスローガンにこの十年余りの間に
台頭してきたのがJリーグでした
Jリーグ発足の年以来池田が甲子園に
出ていないのも、あながち偶然とは
いえません
(なんてこたーなく別にそれは偶然ですが)
Jリーグはホームアンドアウェーという
甲子園とは別な
地域密着のスタイルを提示したわけですが
今のところそれは
地方にリトルトーキョーを増やしていくという
社会の流れに呼応したものでしかありません
つまりJリーグはしょせん
中都会型のスポーツなのです
草津ではJ2規格のスタジアムがないから
ザスパ草津といいつつ
前橋で試合をやらなきゃいけない、
なんてのがその証左というものです
温泉行きてー
なぜ高校野球だったのかというと
高校を出るとみんな都会に
出ていってたからで、
その意味では実は田舎は
池田人気のピーク時にはすでに
概ね衰退し終えていたのですが。
いずれにしろかつて「地域密着」スポーツの
旗頭だった高校野球は
高校も衰退し野球も衰退し田舎も衰退した今
必然的な凋落の道をたどっていると
いえなくもありません
が、俺は個人的なシュミなんですが
あんま都会好きじゃないんすよね
つーか人込みが。飽き飽き東京。
よみがえれ田舎
続く?
シンクロしていて、ある意味で
そのシンボルともいえるのが
池田高校です
代わりに、という言い方はあんまり適当でないですが
「地域密着」をスローガンにこの十年余りの間に
台頭してきたのがJリーグでした
Jリーグ発足の年以来池田が甲子園に
出ていないのも、あながち偶然とは
いえません
(なんてこたーなく別にそれは偶然ですが)
Jリーグはホームアンドアウェーという
甲子園とは別な
地域密着のスタイルを提示したわけですが
今のところそれは
地方にリトルトーキョーを増やしていくという
社会の流れに呼応したものでしかありません
つまりJリーグはしょせん
中都会型のスポーツなのです
草津ではJ2規格のスタジアムがないから
ザスパ草津といいつつ
前橋で試合をやらなきゃいけない、
なんてのがその証左というものです
温泉行きてー
なぜ高校野球だったのかというと
高校を出るとみんな都会に
出ていってたからで、
その意味では実は田舎は
池田人気のピーク時にはすでに
概ね衰退し終えていたのですが。
いずれにしろかつて「地域密着」スポーツの
旗頭だった高校野球は
高校も衰退し野球も衰退し田舎も衰退した今
必然的な凋落の道をたどっていると
いえなくもありません
が、俺は個人的なシュミなんですが
あんま都会好きじゃないんすよね
つーか人込みが。飽き飽き東京。
よみがえれ田舎
続く?




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